もし根白坂で島津が秀長に勝っていたら?それでも島津は勝てなかった三つの理由

大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、いよいよ九州攻めが見えてきました。四国攻めに続いて、ここでも総大将をつとめたのが秀長です。その九州攻めの山場が、日向(宮崎県)で島津の大軍とぶつかった根白坂の戦いでした。

では、もし根白坂で島津が秀長に勝っていたら? 先に私の答えを書いておきます。島津が一時的に日向の北部や豊後(大分県)まで押し返すことはあったかもしれない。けれど結局は熊本側から押しこまれ、日向側も撤退することになる。結果は史実と同じ、島津の降伏です。島津は勝てません。私はそう考えています。

目次

実際の歴史:九州攻めと根白坂の戦い

大友宗麟のイラスト

九州攻めのきっかけは、島津に押された豊後の大友宗麟が、秀吉に助けを求めたことでした。詳しい史実は日本の歴史ガイドの「根白坂の戦いで秀長は何をしたのか」「九州攻めはどう終わったのか」で解説しています。

年 出来事
1585年 秀吉、島津と大友に停戦を命じる。島津は従わず
1586年 大友宗麟が大坂城を訪れ、秀吉に助けを求める
1587年3月 九州攻めが本格化。秀吉は肥後(熊本)を通る西の道、秀長は豊後から日向へ向かう東の道を進む
1587年4月 根白坂の戦い。島津の夜襲を、秀長方の砦が持ちこたえて退ける
1587年5月 島津義久が降伏する
根白坂の戦いのイラスト
根白坂の戦い

根白坂で秀長は、島津方の高城を囲み、助けに来る島津軍の通り道に砦を築きました。砦を守ったのは宮部継潤です。そこへ島津の大軍が夜襲をかけてきましたが、砦は持ちこたえ、援軍とともに島津を押し返しました。

根白坂の砦を守った宮部継潤のイラスト

私の考え:秀長は守りにめっぽう強い

豊臣秀長のイラスト

根白坂の戦いは、秀長という武将の性格がいちばんよく出た戦いだと思います。むやみに攻めかからず、相手が来る場所に砦を置いて待ちかまえる。秀長は、とにかく守りにめっぽう強い人でした。

一方の島津は、攻勢に出る大名家です。守りを固めて待つより、自分から打って出て勝ってきた家。だからこそ根白坂でも、高城を救おうと自分から攻めかかりました。攻めの島津と、守りの秀長。根白坂は、この二つがまともにぶつかった戦いだったのです。

島津義弘のイラスト

もしもの分かれ道:島津が根白坂で勝っていたら

では、もし島津の夜襲が成功し、秀長の砦が落ちていたら。

島津は勢いに乗って、日向の北部や豊後のあたりまで押し返したかもしれません。秀長の東の軍は、いったん後ろへ下がることになったでしょう。

けれど、九州攻めは二つの道からの挟みうちでした。西の道からは、秀吉の本隊が熊本側を南へ進んでいます。日向で勝っても、熊本側から押しこまれれば、島津は本国の薩摩を守るために兵を戻すしかありません。そうなれば日向側も撤退で、結局は史実と同じ結果になります。

島津が勝てない三つの理由

  1. 物量と兵力がちがう:豊臣方は全国から集めた大軍。島津がひとつの戦いで勝っても、次から次へと兵が送りこまれてきます。
  2. 兵站を回せる人材がいる:豊臣方には、兵糧や武器を運んで大軍を動かし続けられる、優秀な奉行たちが大勢いました。
  3. 籠城に向いた城がない:北条には、籠城できる巨大な小田原城がありました。でも島津の本拠・鹿児島の内城は、守りに適した城ではありません。攻勢に出る大名家なので、そもそも籠もって耐える戦い方の家ではないのです。
島津義久のイラスト

攻めて勝つ家が、攻めて勝てなくなったとき、守って粘る場所がない。ここが島津のいちばんの弱点だったと私は思います。

まとめ

もし根白坂で島津が秀長に勝っていたら。

  • 島津は一時的に、日向の北部や豊後まで押し返したかもしれない
  • それでも熊本側から押しこまれ、日向側も撤退することになる
  • 物量、兵力、兵站、そして籠城できる城がないこと。島津は勝てない。結果は史実と同じ

根白坂の勝利は、九州攻めの勝ち負けを決めたというより、「守りの秀長」がいたからこそ、豊臣方が大きな回り道をせずに済んだ戦いだったのだと思います。

あなたは、根白坂で島津が勝っていたら、九州はどうなったと思いますか?

よくある質問

根白坂の戦いとは?

1587年4月、日向で起きた戦いです。秀長の軍が根白坂に築いた砦を島津軍が夜襲しましたが、宮部継潤らが守りぬき、駆けつけた援軍とともに島津軍を撃退しました。

島津はそのあとどうなったの?

根白坂の敗戦のあと、島津義久は降伏しました。それでも薩摩・大隅などは安堵され、島津家は江戸時代も大名として続きます。

秀長の軍はどれくらいの兵力だったの?

日向方面を進んだ秀長の軍は、およそ10万ともいわれます。肥後方面を進んだ秀吉の本隊とあわせ、豊臣方は20万をこえる大軍でした。

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